【流行りのコメディー時代劇でもない。海外制作の「なんちゃって時代劇」でもない。さりとて、シリアスなザ・時代劇でもない……。この映画を観た人は、きっと思う事でしょう「時代劇とは何ぞや?」──と】


まずこの映画、ある点において映画史的傑作の境地に達しています。(私見)


それについては後で語る事として……。

この映画、タイトルだけを聞くと「『超高速参覲交代』みたいなコメディー風味の映画なのかな?」と思います(よね?)。しかし、ポスターのビジュアルやキャッチコピーを見ると「あれ?もしかして『十三人の刺客』系?」と思います(人によっては)。

けれど、実際に観てみると……

全然そんな映画じゃない。むしろ、今までこんな映画観たことない。

という驚きに、しばし頭が混乱してしまいます。

この映画、ポスターを見る限りオール日本人キャストの邦画(時代劇)なんですが

  • 製作は『ラストエンペラー』『シェルタリング・スカイ』のジェレミー・トーマス。
  • 監督は『ベートーヴェン 不滅の恋』『キャンディーマン』(歴史ロマンスとカルトホラーが並ぶこの人のキャリアも凄い)のバーナード・ローズ。
  • 音楽は現代音楽・オペラ作曲家(『浜辺のアインシュタイン』『オルフェ』『美女と野獣』)のフィリップ・グラス。
  • 衣装は黒澤明の『乱』ワダエミ。

と、メチャクチャ豪華インターナショナルな製作陣に固められています。

海外の華々しいキャリアのクリエイター達が作ったから凄い……と言いたいのではなく

このトップ・クリエイターたちが「時代劇」という概念を解体し、「ジダイゲキ」という世界言語に再構築してしまった──とでもいう様な、そんなドエライ作品に仕上がっているんです。

……

そんな「完全に新ジャンル」な映画なので、自分の目で観なければ具体的にどんな感じなのかは掴めないと思うのですが、心構えのため(普通の時代劇と思って観ると「マラソン」の速度に着いていけない……かもしれない)、少しイメージをお伝えすると──

  • 冒頭、ペリーと大老(豊川悦司)の会談シーンはまるで演劇的な象徴表現。時代劇にうるさい人なら「こんな訳ないだろ!」と目くじらを立てるレベル。=【時代考証的リアリズム(という我々の頑固な思い込み)から完全に自由】
  • 登場人物の善悪サイドがはっきり分かれた、いわゆる「勧善懲悪」ではなく、さりとて『木枯らし紋次郎』的な「ニヒリズム」でもない。ストーリーはまったく先が読めない。=【時代劇を観ているのにまるで時代劇を観ていない様な不思議な感覚】
  • 「俳優に演技をさせて『物語』を撮る」というよりも、役者自身の演技の魅力・瞬発力を最優先に撮ろうとしている感じ。=【役者の存在感が生み出す「アドリブ演劇」を観ている様な気分。これは各人の魅力が存分に発揮されていて、きっとファンの人にはたまらないと思います(特に佐藤健、森山未來、小松菜奈)】

この映画の新感覚、僕は結構好きだったので上の【】内はおおむね「ポジティブ解釈」になっていますが、人によっては当然「ネガティブ解釈」にもなり得ます。むしろ、いわゆる「時代劇」を期待して劇場に足を運ぶと、このマラソンの疾走感には着いていけない……(かもしれない)。

なので、もし鑑賞前にこの感想にお目を止めた方がいらしたらお願いです。

決して時代劇だと思ってみないでください。

……

とはいうものの、しっちゃかめっちゃかな「なんちゃって時代劇」になっている訳では全然なくて、自由な発想ではありながらも、撮るべき事はそれぞれきっちりと、驚くほど真剣に作り込まれています。例えば、非常にハイレベルなCGでグロ・シーンを(少々ユーモラスに)表現したり、騎馬の殺陣シーンは本物のスタントでド迫力のド本気で撮っていたり、サムライたちが走り続けるクライマックスはドキュメンタリーの様に執拗なカメラワークで追い続けたり……。

この映画が通常の時代劇、通常の映画と最も異なっている点は、色々な技術技法を貪欲に採用し、普通ならばバランスが崩壊してしまう水準にまで各表現の可能性を追求しているところにある──と僕は見ました。もしこれが普通の「ドラマ」だったら、容赦・遠慮のない熱量はこの作品のバランス崩壊させてしまっていたかもしれません。しかし、時代劇という「ファンタジー」を枠組みにした事によって、この作品は一つの「最前衛の映画芸術」として大変ユニークな完成形を見せています。

……

さて、最後にこの映画が映画史的傑作の域に達していると感じた点です。

この映画、音楽が異次元のレベルで凄い。

クラシック音楽の再前衛にいる現代作曲家フィリップ・グラスのオペラ的(歌曲は無い)、交響曲的な書き下ろしのサウンドトラックと本編=「最前衛の映画芸術」が驚くべきレベルで調和し、いわゆるエンタメ映画というよりも

音楽×映像の芸術的インスタレーション作品

と評価して良いレベルまで、奇跡的な芸術的高みに達しています。

映画史的次元で、たとえば『KUBO』ダリオ・マリアネッティの見事なライトモチーフ表現(これもオペラ的な高みに達した名曲編成でした)、『カサンドラ・クロス』ジェリー・ゴールドスミス、『ミッション』エンニオ・モリコーネの壮大さなど、非常に素晴らしい映画音楽は多々書かれてきていますが

フィリップ・グラスの音楽はその次元を完全に越えている。

後半、早駆けのクライマックスから、ラスト、意外な象徴表現で物語が締め括られてエンドロールが終わるまで(規格外の映像表現への驚きも相まって)、あまりの音楽の素晴らしさにずっと鳥肌が立ち続けました。

……

ちょっと不思議な感想になってしまいましたが、とにかくこの映画、「普通の時代劇でもない」「普通の映画でもない」変わり種として、音楽的に抜群の映画史的傑作として、劇場で観ておく事を僕はお勧めします。

サムライマラソン 2/22『金)公開




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