【『その女アレックス』で各種翻訳ミステリー小説ランキングを制覇したピエール・ルメートル。

しかし、ルメートルの本を「普通のミステリー小説」と思って読んで、吃驚した人は結構多いのではないでしょうか?

思うに、この人は「ミステリー」というジャンルを手段として使って、読み手の実存(生きている実感)に揺さぶりをかける確信犯──実存論哲学的小説「ヌーボー・ロマン」の書き手なのではないかと僕は見ています。

この映画も、まさに……】

ストーリー、映像美、面白さ──すべてが超一流の映画が久々に現れました。

映画好きとして、とても嬉しいです(泣)。

そもそも「☆いくつ」的なレビューをこのサイトではするつもりは全くなかったのですが、今回ばかりは星の押し売りをさせて下さい。

『天国でまた会おう』☆ 5つ(満点)です。

……

天国でまた会おう(公式サイト)

……

さてこの映画、タイトルやあらすじ、ビジュアルを見て、皆さんはどんな映画だと予想するでしょう?

  • 芸術性の強いおしゃれなフランス映画
  • 戦争由来の悲劇を軽妙かつ感動的に描くヒューマンドラマ
  • 二人の帰還兵の男同士の友情。面白いけどほろ苦いバディーもの
  • 復員詐欺が発端の、騙し騙されのミステリー

どうでしょう?

ちなみに僕は「よりアート色とエンタメ性が強い『アンダーグラウンド(エミール・クストリツァ監督の大傑作)』みたいな映画ですか?」と、お招き下さった方に自分の予想をぶつけてみたのですが、その答えは──

「まぁ、とにかく観て下さい」

というものでした。

そして実際に試写を拝見した今、僕は映画を愛する友人たちにこう言うでしょう。

「まぁ、とにかく観て下さい」

……

けむに巻くのではなく、カテゴライズや「こんなタイプの映画」と言うのが、この映画、非常に難しいんですね。上に挙げた様な映画、それぞれすべてでもあるし、「成程こういう感じの映画か」と思って安心して観ていると、意外な展開に「えっ!?」と目をむく事になる……。

まぁ、実にルメートル的な作劇法です。

ピエール・ルメートル

一応wikiのリンクを貼っておきます。 wiki

日本では2015年の翻訳ミステリー・ランキングの1位を総ナメした『その女アレックス』、および、その「カミーユ・ヴェルーヴェン警部」シリーズのミステリー作家として広く知られています。(未読の方は決してこれ以上はググらず、まず『悲しみのイレーヌ』『その女アレックス』の順にお読み下さい。邦訳刊行順とは異なりますが、これが正しい時系列です。お薦めです)

しかし、この『天国でまた会おう』は「世界大戦三部作」として位置付けられる非ミステリーの小説で、ゴンクール賞(フランス文学の世界では最高峰の賞。受賞者=プルースト、マルロー、デュラス等)というどえらい賞を受賞しています。

ミステリー作家なのにフランス文学最高峰の賞?──とお思いになるかもしれませんが、実際この人のミステリー作品を読んでみると

「あぁ、この人はミステリーのトリックを書きたいんじゃなくて、ミステリーをトリックにした『文学』を書きたいんだな」

という事がよく解ります。

それはいわゆる「人間ドラマ志向」という様な意味ではなくて、冒頭に書いた様なヌーボー・ロマン(直訳=「新しい小説」。プルースト以降「単なる物語」に終わらない実存論哲学的、実験的アプローチで「文学」の表現を追求した文学史的潮流。現時点での人類の文学発展史における最前衛の文学ジャンル【稲羽の見解】)の文学的方法論として「ミステリーが使える」という事を発見した……という感じです。

ちょっと解りにくいですね(笑)。

実例を用いてまとめに掛かります。

例えばルメートル最初のミステリー作品『悲しみのイレーヌ』。これは物語の中盤でちょっと意外なトリックの種明かしがあります。ミステリー的にはまぁ古典的な手法ではあるので、単にミステリーとして読めば「ベタ」と捉えられるかもしれません。しかし、ここでのルメートルの文学的関心は明らかに「ミステリー的な驚き」ではなく「イメージと実像の乖離」を描く事に置かれています。また、二作目『その女アレックス』では最初から最後まで一筋縄ではいかないアクロバティックなプロットによって「自分は一体どういう小説を読んでいるのか?」という疑問を常に突き付け、読み手の実存に揺さぶりを掛けます。【稲羽の個人的見解】

……

映画ではなくミステリーについて長々と語ってしまいましたが、しかし、この「ルメートルの方法論」は映画にも共通していて(本作の脚本にはルメートル自身も関わっているそうです)、それゆえに、この映画は観終わった後「あれ? 自分は一体どんなジャンルの映画を観ていたのだろう? あるいは、自分が観ていたのは果たして本当に映画だったのだろうか?」──という様な、なんとも不思議な余韻に包まれてしまうのです。

つまり、この映画は──

映画を観始めた時点で、すでにルメートルの多角的な術中(トリック)にはまっている──という、なかなか特殊な映画体験をさせてくれる映画だと言えます。

……

この様に書くと、なんだか難解な映画の様に思われるかもしれませんが、鑑賞中の印象は全然そんなことは無くて、

エンタメ映画としても非常に面白いです。

僕の体感としては、メチャクチャ面白い連続シリーズものの海外ドラマ相当のボリュームを、寓意の多用やプロットの妙でスマートに2時間で表現してしまった──という印象です。しかし、ダイジェストの様な薄味には全くならず、全編全シーン、非常に密度の高いフランス映画として完成させているところがまた凄い。

……しかしもちろん、これは戦争が発端になった悲しい物語でもある。

「考えてみればそうならざるを得ないよね」という辛い辛い一つの結末も、美しくも衝撃的なシーンで深く胸に刻みつけられる。

けれど、救いもちゃんとある。

ラストの「あっ!」と驚く伏線回収と救済は、ある意味ベタと言えばベタなんだけど、「ジャンルとしてベタな手法(この種の映画の『型』と言ってもいいほどの)」をあえて正面からぶつけてくる一周回った意外さも、ルメートル流といえばルメートル流ではあります。

「まぁ、とにかくこれは観て下さい」

『天国でまた会おう』3月1日(金)公開


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