【「おしゃれなコスチューム・プレイ」を期待すると危険。アクの強い監督の美学を楽しむ映画】

まずこの映画、『女王陛下のお気に入り』という邦題(原題・THE FAVORITE)、ピンクがカラー基調のポスターの印象から、「綺麗でお洒落、でも、ちょっぴりビターな女の子のサクセスストーリー」的な映画なのかな?という印象を受けます。(前情報を入れていなかったので僕はそう感じました。監督の名前を確認するまでは……)

まず言います。全然そんな映画ではありません。

監督ヨルゴス・ランティモスはギリシャの人で、妙に白っぽい画面(光)、ドキュメンタリーっぽい構図、自然音だけの無音楽のサウンドトラック……と、古い映画ファンがもっている(僕だけかもしれませんが)「ギリシャ映画っぽさ」を強く感じさせる作品を撮る人です。

僕が初めて観たこの人の映画は『籠の中の乙女』。これは「外界と遮断された郊外の家、異常な両親に育てられた兄と双子の姉妹。そのバランスが崩れ始めたことによって生じるミステリー」という触れ込みだったので、面白くて怖そうな設定だな……と思って観たのですが……。そんな魅力的な設定を活かすストーリーはほとんどあってないような、異様に生々しい性描写や暴力、絶叫シーンだけが目立ち、しかし、物語は起伏なく淡々と進む「ハズレのギリシャ映画」という印象の強い映画でした。

そんな酷い印象がスタート地点だったので、その後評判になった『ロブスター』『聖なる鹿殺し』は気にはなったけど観なかった……。

しかし今回、この映画『女王陛下のお気に入り』を観て、遡ってそれらの映画も観てみよう──と、今僕は思っています。

さて、この『女王陛下のお気に入り』

最初に言ったように「おしゃれなコスチューム・プレイ(時代劇)」を期待して観ると、『籠の中の乙女』を「上質なミステリー映画」と思って観た僕と同じ様にびっくり!……唖然としてしまう事になるでしょう。(おしゃれなコスチューム・プレイが観たい人にはパトリス・ルコントの『リディキュール』の方がよっぽどおすすめ)

この映画は「ヨルゴス・ランティモス監督の美学を感じる」という入口を自覚するのが恐らく正解で、そういった観点で見れば、いわゆる普通の「コスチューム・プレイ」とは全く異なる独特の(ヨルゴス作品ならではの)「映画体験」を楽しむ事が出来る、上出来の映画だと思います。(そういった意味で、この映画がアカデミー賞に多くノミネートされている事には大変納得感がある)

この映画(ヨルゴス美学)のポイントは……

  • 画面の周辺を歪めて撮る独特なレンズ使い。
  • バロックの豪華な劇版は舞踏会や一部のシーンのみ。あとは不協音か無音、あるいは自然音。
  • そういった歪みや「飾りのなさ」の中で描かれる生々しい人間の内面描写。
  • 吐瀉、流血、唐突感ある過剰な性描写や暴力描写……これもヨルゴス美学の内。

……といったところが挙げられるのではないでしょうか。

ちなみに、僕がこの映画で一番ヨルゴス美学を感じたのは「泥風呂」のシーン。

この場面の光の加減、構図、静けさ──この「幸せなひととき」こそがヨルゴス・ランティモスという人ならではの作家性の骨頂で、その他諸々の下世話なシーン、醜い策謀の物語は、むしろこの短いシーンを成立させるための長い長い「前提」なのではないか──と僕は感じました。

このワンシーンを観るためだけに、この映画は劇場で観る価値があります。(それ以外はダメという意味ではなくて)

そしてもう一点、

この映画はアン女王役のオリヴィア・コールマンの演技が抜群に素晴らしい。

レイチェル・ワイズ、エマ・ストーンも良いのだけれど、コールマンの名演技の前には、単に美しくて存在感がある「スター女優枠」に見えてしまう気の毒な印象。『ミザリー』でのキャシー・ベイツにも勝るとも劣らない、見事な情緒不安定ぶりと、深い孤独感……。

色々な部門でアカデミー賞にノミネートされているようですが、この映画が賞を獲る可能性の中では、まず、この人の主演女優賞が最有力候補なのではないでしょうか?

『女王陛下のお気に入り』2/15(金)公開


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